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外国剥がし
私は帰国子女枠で都立の九月入試をを経て、編入学したのだけど、その高1の九月の入学式で、校長先生に言われたことばが忘れられません。負の意味で。


「諸君は外国で今まで生活をしてきたのだろうけれど、これからは日本で日本人として生きていくのだから、その外国での暮らしは忘れて、一刻も早く日本に適応するように」


という趣旨のことを言われました。


日本人として生きていく?
外国での暮らしを忘れて?
適応?


たった6人の生徒と数人の先生方のみで入学式が行われていた、応接室のドアを開け、ぴしゃりと閉めて立ち去ろうかと思いました。実際には私は小心者なので、そういうことはできなかったのだけど。せいぜい手を固く握り締めるくらいで。

こういうのは、一昔前、いや二昔以上前にはよく見られたという、外国剥がしというものです。
都立高としては初めて帰国生受け入れを始めたという、歴史ある高校の校長の一言がそんなものだとは、ショックを受けずにはいられませんでした。


校長は海外で学んできたこと、吸収してきたこと、それは全部、マイナスだというつもりだったのでしょうか。
それまでの人生で一番苦労して一番自分の世界が広がった時間も空間も、なかったものにされたようで、そして何より、自分を否定されたようで悔しいやら悲しいやら。


実際には、高校生活の中では海外経験を誰にも否定されることなく、同じ帰国生の友達と気持ちを共有したり、一般生の友達にはイギリスでの生活や学校のことに興味を持ってもらえて、私の帰国生という側面がマイナスの影響を自分や周囲に与えることはなかったので、高校生活の中でもあの入学式での1シーンはまるで浮いた出来事になったことは幸いでした。


==========


改めてここで述べるまでもなく、日本にはたくさんの、外国人や外国にルーツを持つ人が暮らしています。
学校にも、外国人や国際結婚間の子ども達が激増して、「国際教育」「多文化教育」「共生教育」「地球市民教育」なんて言葉が呪文のようにあちこちでささやかれます。
それらの教育の理念や方法などに見直されるべき点が含まれているものもあるけれど、基本的には、悪いものではないと思います。
ただし、そういった「素敵な呪文」を唱えながらも、実際に学校で外国人や外国にルーツを持つ子ども達に対する扱いからは、なかなかその呪文の効き目が見られません。
もちろん、先駆的な試みや思慮深い教育がなされている学校があるのも事実です。
しかし、本音と建て前、理想と現実のギャップが、子ども達に暗い影を落としているような気がしてなりません。
私が校長から浴びせられたことばは、そのような日本の学校の矛盾を如実に表したものだといえます。
author:la-ventana2, category:帰国後の都立高生活, 00:37
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